いやぁ、まさかこんなことになるとは思いませんでした。
驚いたことに在留特別許可を認めてもらいました。特異な事案でしたが、顛末を書いてみます。
逮捕された外国人の在留資格申請の依頼
日本人男性Aさんからフィリピン人の奥さん(Bさん)の「日本人の配偶者等」の在留期間更新許可申請の依頼を受けたのは昨年の12月のことでした。
温厚なAさんですが、憔悴しきっていました。Bさんが警察に逮捕されたからです。なぜBさんは警察に逮捕されたのでしょうか?
実はBさんはもともと別の日本人男性Xさんと結婚をし、「日本人の配偶者等」の在留資格で来日しました。
その後Aさんと知り合い、Xさんと離婚したのち、Aさんと再婚しました。
ところがAさん夫婦が結婚届を提出してからわずか1週間後に、Bさんが先のXさんとの結婚が偽装だったという理由で逮捕されてしまいました。
Aさんは驚きましたが、Bさんの在留期限は間もなく切れます。なんとかBさんの在留期間を更新してほしい、というのがAさんの依頼でした。
どのような方針で申請をするか
依頼を受けた時点では、BX間の結婚が偽装なのかどうか、Bさんが偽装結婚を認めているのかどうかは分かりませんでした。
しかし警察が逮捕・勾留している以上、入国管理局がすんなり在留期間の更新を認めるはずがありません。
正直、在留期間の更新は難しいかもしれないと思いつつ(というよりAさんにも難しいと伝えていました)、申請にむけて準備をはじめました。
そして基本的な方針として、
①BX間の結婚が偽装なのか否かはこの時点では誰にも(Aさんにも)分からないので、BX間の結婚に深く触れることは得策ではない(下手に触れるとかえってBさんの立場を悪くする恐れがあるため)
②万一、BX間の結婚が偽装だったとしても、AB間の結婚は真摯なものであり、日本で生活する上での問題はない
という2点を軸に申請を行うことにし、それを踏まえたうえで、数々の資料を用意しました。
特に、今回はBさんが逮捕されており、最悪の場合は国外退去になるので、在留期間更新申請の依頼でしたが、はじめから在留特別許可並みの準備で臨みました。
今回の申請にあたり、僕は次の資料を用意しました。
- 在留期間更新許可申請書
- Aさんの戸籍謄本(Bさんとの結婚の事実が記載されているもの)
- AB間の婚姻届のコピー(婚姻にあたって証人となった者2名の氏名も記載されている)
- Aさんの住民税の納税証明書
- Aさんの住民税の課税証明書
- Aさんの源泉徴収票
- Aさんを身元保証人とする身元保証書
- Aさんの印鑑証明書
- Aさんの世帯全員の記載のある住民票
- Aさんのパスポートのコピー
- Aさんの在職証明書
- Aさんの健康保険の被保険者証のコピー
- Aさんの自宅土地の全部事項証明書(登記簿謄本)
- Aさんの自宅建物の全部事項証明書(登記簿謄本)
- Aさんの自宅周辺の地図
- Aさんの自宅写真数枚
- Aさんの会社の寮への入居証明書(実はAさんは単身赴任しており、Bさんとは別居していました)
- Aさんの会社の寮の周辺の地図
- BさんのフィリピンNSO発行の出生証明書
- BさんのフィリピンNSO発行の出生証明書の翻訳文(翻訳者の翻訳証明付き)
- BX間の離婚届の受理証明書
- Bさんのパスポートのコピー
- Bさんの外国人登録証明書の両面のコピー
- 質問書(用紙は入国管理局にあるものを使用しました)
- 結婚についての経緯その他逮捕に至った経緯についての説明書
- AさんBさんが2人で写っているスナップ写真(撮影時期や撮影場所がわかるもの、その他、友人・知人も一緒に写っているものを数枚用意しました)
上記を用意したうえで、12月下旬、Bさんの在留期限が切れる1日前に広島入国管理局に申請書を提出しました。
その他、本来であれば、申請書を提出する時にBさんのパスポート原本を提示すべきなのですが、Bさんの逮捕時にパスポートも押収されていたため、パスポート原本の提示はできませんでした。
またAさん夫婦は日本での結婚届は提出していましたが、直後にBさんが逮捕されたため、フィリピンへの結婚届は提出していませんでした。そのため当然ですがフィリピン政府発行の結婚証明書は提出できませんでした。
申請書は提出したけれど…
Bさんの元々の在留期限は12月下旬です。
しかし在留期限前に申請書を提出したので、とりあえず在留期限が延び、2か月後の2月下旬まではオーバースティになりません。
こちらの思惑としては、それまでにBさんの在留期間の更新の許可なり、無実なりが判明してくれるといいなと思ったのですが、残念ながら、そうはなりませんでした。Bさんが偽装結婚を認めたためです。
Bさんはその後、起訴されました。
裁判は2月下旬、Bさんの在留期限が切れる前に行われますが、判決がでるのは3月以降になります。ですから在留期間の更新が認められないかぎり、確実にBさんはオーバースティになります。
広島入管の担当者と事前に話をしたのですが、担当者からは在留期間の更新は認めないと言われてしまいました。つまり、Bさんのオーバースティは確定です
そして裁判の見通しも、有罪ということでほぼ間違いありません。
オーバースティや有罪になるとどうなるのか?
この頃にはAさんも、Bさんが有罪判決になることをある程度覚悟されているようでした。
ただ、たとえ有罪判決になったとしても、なんとかBさんが日本滞在できる方法はないか、悩まれているようでした。
では仮にBさんが有罪になった場合、Bさんは日本に滞在できるのでしょうか。
その点を考えてみます。
今回、Bさんの入管法上の問題点は2つあります。
ひとつはオーバースティの問題です。
Bさんはこのままでは在留期限が切れます。かといってオーバースティを避けるため出国しようとしても、現在警察に身柄を拘束されているのですから、出国もできません。
どうしようもないのですが、残念ながらBさんはこのままオーバースティとなり、退去強制となるのが原則です。
そして退去強制になると日本へ入国が許可されるのは基本的に5年後です。
退去強制を避けるための出国命令制度という制度もあり、これが利用できれば1年での再入国も可能ですが、Bさんのように刑事処分を受ける場合はこの制度は使えません。
Bさんのもう一つの問題は有罪となり、刑事処分を受けることです。
刑事処分で懲役1年以上となると、日本への上陸拒否事由となり、当分の間(何年かは分かりません)、日本に入国することはできません。執行猶予がついてもダメです。執行猶予が付こうと付くまいと、懲役1年となれば上陸拒否です。
しかしBさんのような偽装結婚の例で懲役1年未満となることはまずありません。
要するにBさんはオーバースティの観点からも、刑事処分の観点からも、いったん国外退去になると日本への入国が何年先になるか分からない、という不安定な立場に置かれることになるわけです。
もちろんBさんは日本人のAさんと結婚していますから、その点で多少の配慮はされ、入国が早まるかもしれません。しかしそれはあくまでも仮定の話であり、実際どうなるか全く分かりません。
在留特別許可をお願いする方針を決めて
そのため僕とAさんは、入国管理局に対して在留特別許可をお願いする方向で話し合いをしていました。
在留特別許可とは、たとえ退去強制事由に該当する外国人であっても、特別に日本滞在を許可してもらう制度です。
在留特別許可は必ずしも認められるわけではありませんが、Bさんの場合、国外退去になれば日本への再入国がいつになるのか分からないのですから、ダメもとでやるしかありません。
そこで在留特別許可の準備をしつつ、判決に備えました。
広島入国管理局にも、判決後に在留特別許可をお願いするつもりであることを伝えていました。
判決の言い渡し。その後…
3月下旬、いよいよBさんの判決の日になりました。裁判所には入管関係者も来ていました。
有罪になるのは間違いありません。問題はどの程度の量刑になるか、です。
午後1時過ぎに判決が言い渡されました。
判決は「懲役1年6か月、執行猶予3年」でした。
想定内の判決でした。しかし、これによりBさんの日本滞在が難しくなったと感じました。
入国管理局に呼ばれて…
判決の翌日、Aさんは広島入国管理局に呼ばれました。僕も同行しました。
何のための呼ばれたのかよく分かりませんでしたが、僕は今後の手続きに向けた話し合いをするのだと思っていました。Aさんは仮放免の話だと思い、保証金まで用意していました。
ところが入管の話は僕らの予想に反していました。なんとBさんに在留特別許可を認める、というものでした。
突然のことで驚きました。入管から今後の生活等について注意を受けた後、放免の手続きを終えたBさんと対面しました。
本当に在留特別許可が出たのかどうかまだ戸惑いがあったので、Bさんにパスポートを見せてもらいましたが、パスポートには確かに「在留特別許可」のシールが貼ってありました。
それにしても、まさかこんな形で在留特別許可が出るとは思っていませんでした。仮に出るにしても、もっと時間がかかると思っていました。
今回は、Bさんが逮捕されてから4か月弱、オーバースティになってから1か月弱、判決が出てからわずか1日というスピード許可でした。
つまり入管はかなり以前から在留特別許可の審査をしていたということなんですね。
(もっともそれまでの入管との話し合いでは、在留特別許可の審査をしているとは一言も言われませんでしたけど。むしろ在特なんて出ないと散々言われていたような気が…。まぁ、もう済んだ話なんですけどね)。
広島入管を出たあと、Aさん夫婦と近くのレストレンで話をしたんですが、Aさん夫婦にとても感謝されたことは言うまでもありません。
なぜ、在留特別許可が出たのか?
それにしても、なぜ在留特別許可が出たのでしょうか?
これはもう推測するしかありませんが、今回の事案は必ずしも在留特別許可が認められやすい事案とはいえないと思います。
今回の事案で、Aさん夫婦に有利な事情としては
- 不幸中の幸いというか、Bさんが逮捕される直前にABが結婚していた(逮捕後の結婚であれば、もしかしたら退去強制逃れだと思われたかもしれません)。
- ABの結婚は真摯なものであり、その点は入管も十分理解している。
- AさんはBX間の偽装結婚には何ら関与しておらず、このままBさんを退去強制するのはかわいそうだ。
- Aさんは身元・職業の確かな人であり、Bさんの身元保証人としての資質は十分備えている。
といったところだと思います。
一方で不利な事情もありました。それは
- Bさんは偽装結婚により入国している、言いかえると入国が認められたこと自体が間違いだった。
- Bさんはすすんで警察や入管に違反を申告したわけではなく、警察の摘発を受けたためやむなく法律違反を認めた(摘発事案)。
- BさんはAさんと結婚しているとはいえ、日本への定着性が高いとはいえない。(Bさんは来日してから逮捕されるまで、2年程度しか日本にいませんでした。Aさんとの交際がどの程度評価されるのかは分かりませんし、その他、お子さんがいる等といった日本への定着性を肯定できる事情があるとはいえない状況でした。)
という点です。
これだけの事情であれば在留特別許可のガイドラインに照らし合わせれば、在留特別許可が出なかったとしても全然不思議ではありません。
まして、今回僕がやったのはあくまでも在留期間更新許可申請であって、在留特別許可ではありませんでしたから。
(もちろん在留特別許可に向けた準備はしていましたけど。それにしても最初の段階で在留特別許可並みの書類を提出しておいて本当に良かったです。)
それにもかかわらず迅速に在留特別許可が出たというのは大変驚きでした。
今回、在留特別許可が認められた最大の理由はまさにAさんに対する温情だと思います。
行政書士として、大変貴重な経験をさせてもらいました。